訪問看護M&Aで失敗しないための全知識|売却相場から看護師離職を防ぐPMIまで

訪問看護業界は、高齢化の進行や在宅医療の推進などを背景に、今後さらに市場の拡大が見込まれています。
しかし、訪問看護業界は小規模事業者が多く、人材不足や経営の効率化といった課題も浮き彫りになっています。
こういった状況で、訪問看護事業者は戦略的にM&Aを検討するケースも増えています。
本記事では、訪問看護業界におけるM&Aの動向や、M&Aを進める際のポイントなどを詳しく解説します。
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訪問看護業界のM&A動向と現状
なぜ今、訪問看護業界でM&Aが活発化しているのか、その背景と現状を解説します。
高齢化による市場規模の拡大と事業所数の推移
日本の訪問看護業界は、高齢化の進行に伴い、市場が拡大し続けており、介護・看護需要への対応が急務となっています。
日本の高齢化は今後も急速に進み、高齢化率は2023年10月時点で29.1%、2065年には37.9%となると推計されています。
65歳以上の高齢者人口は、2043年に3,953万人でピークを迎えると予想されています。
また、厚生労働省の公表資料によると、2022年の日本における訪問看護利用者数は、要支援、要介護合わせて約69万人となっており、年々増加しています。

(出典)厚生労働省 社会保障審議会資料
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001123919.pdf
国としては在宅医療を推進しており、今後も利用者の増加が見込まれます。
訪問看護の市場規模、事業所数の推移
医療保険および介護保険の訪問看護を行う訪問看護ステーションの数は、2008年以降増加し続けており、2008年と比べると2倍以上に増加しています。
一方、介護保険の訪問看護を行う病院・診療所の数は減少傾向にあります。

(出典)厚生労働省 社会保障審議会資料
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001123919.pdf
下図は平成29年及び令和3年の都道府県別の訪問看護ステーション数を表しています。平成29年から令和3年までの5年間で、すべての都道府県において増加しており、特に都市部での増加が著しくなっています。

(出典)厚生労働省 社会保障審議会資料
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001123919.pdf
人材不足と小規模事業者の経営課題
前述の通り、訪問看護ステーションの事業所数は年々増加しています。
これは、高齢化の進行により需要が高まっていること、設備投資が少ないこと、人員配置基準の人員数が少ないことなどから、新規参入しやすいという要因が考えられます。
また、訪問看護ステーションの経営状況は、厚生労働省の「令和5年度介護事業経営実態調査結果」によると、税引前収支差率(コロナ補助金を含まない)の平均は5.9%で、前年比マイナス1.3%と悪化しています。
平均の収支差率はプラスではあるものの、事業所数の増加により競争が激化している地域もあり、経営改善が必要となっている事業所も多いと考えられます。
また、2024年度には介護報酬と診療報酬のダブル改訂が行われました。
「地域包括ケアシステムの推進」、「良質な介護サービスの効率的な提供に向けた働きやすい職場づくり」、「制度の安定性・持続可能性の確保」といった背景から、介護報酬の改定率は+1.59%、診療報酬の改定率は+0.88%といずれもプラス改訂となりました。
これにより、新規参入の増加や既存の事業所の新たなエリアへの進出による競合の増加が考えられます。
また、いずれの改訂においても、増加分の6割以上が賃上げに充てられており、高い給与を提示する事業所が増える可能性もあり、さらに人材の獲得競争が激化することが想定されます。
2024年報酬改定がM&Aに与える影響
2024年度の診療報酬・介護報酬の同時改定では、「賃上げ」や「質の高いサービス」が重視されました。
プラス改定となったものの、増加分の多くは職員の処遇改善(賃上げ)に充てることが求められています。
これにより、高い給与を提示できる大手事業者と、それが難しい小規模事業者との間で人材獲得格差が広がり、M&Aによる業界再編がさらに加速すると予測されます。
訪問看護ステーションの売却相場と計算方法
「自社の訪問看護ステーションはいくらで売れるのか?」 これは売り手にとって最大の関心事です。
ここでは一般的な算出方法と目安を解説します。
一般的な相場の算出方法
訪問看護のM&A(特に中小規模の株式譲渡や事業譲渡)では、以下の「年買法(年倍法)」がよく用いられます。
売却価格(目安) = 時価純資産 + 営業権(のれん代)
時価純資産: 保有している資産(現金、債権、備品など)から負債を引いたもの。
営業権(のれん代): 「実質営業利益(修正営業利益) × 1年〜3年分」で算出されます。
訪問看護事業は設備投資が少なく、純資産が少ないため、営業利益の大きさ(収益性)が価格に直結しやすいという特徴があります。
売却価格が変わる変動要因
単純な計算式だけでなく、以下の要素がプラス査定・マイナス査定に大きく影響します。
看護師・療法士の人数と定着率: 人員基準(2.5人以上、うち1人は常勤)ギリギリの運営か、余裕があるか。
有資格者がM&A後も残ってくれるかが最重要ポイントです。
登録利用者数と稼働率: 安定したレセプト請求があるか。実働している利用者数が評価されます。
エリアと加算状況: 競合が少ないエリアか、または需要が極めて高い都市部か。
「24時間対応体制加算」や「特別管理加算」などの高単価な加算を取得できているかも評価対象です。
コンプライアンス: 実地指導での指摘事項がないか、架空請求などのリスクがないか。
訪問看護業界におけるM&A活用のメリット
訪問看護業界において、M&Aを活用する場合の主なメリットは以下の通りです。
売り手側のメリット
後継者問題の解決
親族・経営者・従業員において、後継者として適任者が存在しない、株式取得資金の支払いが困難なことなどを理由に、事業承継を行うことができないケースが多々あります。
M&Aを活用することで、事業及び従業員・取引先等の経営資源を第三者へ承継することが可能となるため、後継者問題について解決することができます。
従業員の雇用継続
後継者不在問題が解決しない場合の選択肢は、IPOを除けば「廃業」又は「M&A」の2つしかございません。廃業となれば、長年会社へ貢献してくれた従業員を解雇しなければなりません。一方M&Aを活用すれば、従業員の雇用・労働条件を維持することが可能となります。
経営の安定・拡大
買手企業は、売手企業より事業規模が大きく、財務の健全性も高いことが一般的です。M&Aにより買手企業の経営資源も活用することで、オーガニック成長(自社リソースによる成長)に比べ、高い成長が期待できるほか、経営の安定化にも繋がると考えられます。
売却利益の獲得
M&Aによる価格と、親族内承継・従業員承継に伴う価格は評価方法が異なります。また親族内承継・従業員承継の場合、後継者の資金負担を抑える必要性が生じるため、M&Aによる価格は、その他承継方法による価格と比べ高くなることが一般的です。すなわちM&Aでは長年経営に従事し、会社を成長させてきた対価をきっちり得ることができると言えます。
買手側のメリット
訪問看護ステーションの拡充、事業の拡大
高齢者の増加により、訪問看護ステーションの需要が高まっているなか、訪問看護ステーションを増設したい、または介護事業者が新たに事業の柱として追加したいといった場合は多くみられます。
M&Aを活用することで、自社で訪問看護ステーションの新設や新規事業の立ち上げを行うよりも、迅速かつ効率的に事業規模の拡大が可能です。
看護師、保健師などの人材獲得
訪問看護ステーションは参入障壁が低いため、事業者数は増加している一方で、看護師や保健師などの職員の確保が難しい傾向があります。
そのような専門人材を確保することを目的の一つとするM&Aも多く見受けられます。
シナジー効果の創出
訪問看護事業と親和性の高い介護事業などが既存事業である場合、既存事業とのシナジーにより、収益性、サービスの品質などの向上が期待できます。
訪問看護のM&A事例
ここでは、訪問看護業界のM&A事例を紹介します。
【事例①】㈱ARIAによる訪問看護ステーション縁の訪問看護事業の事業譲受
大阪府と兵庫県で「NewGate訪問看護ステーション」(以下、NewGate)を運営する㈱ARIAは、2024年9月1日、訪問看護ステーション縁(えにし 以下、縁)が運営する訪問看護事業を事業譲受しました。
縁は2023年に看護師の代表者により開設されましたが、代表者が経営者としての未熟さを痛感したことから事業譲渡を検討するに至りました。
㈱AKIRAは、人材不足で苦しむ小規模事業者を廃業させず、M&Aすることで地域医療に貢献したいとの思いから、事業譲受を決定されました。
【事例②】介護事業等の㈱ツクイによる訪問看護・訪問介護・福祉用具貸与・医療施設型ホスピス展開の㈱ゆいゆいの買収
㈱ツクイは、2024年1月31日に沖縄県にて訪問看護・訪問介護・福祉用具貸与・医療施設型ホスピス2か所を展開する㈱ゆいゆいの株式を取得し、完全子会社化しました。
㈱ツクイは、全国的にデイサービス、在宅介護サービスなどを展開しており、本M&Aにより、ゆいゆいと連携を図り、在宅で介護を受けていた利用者が、医療的療養が必要となった場合でも必要なサービスをワンストップで提供できる体制を構築し、医療サービスならびにホスピス事業の拡大させていきたいと考えています。
【事例③】セントケア・ホールディング(2374)による㈱ミレニアの買収
2017年4月、セントケアHDは、訪問看護事業を主業とする㈱ミレニアの全株式を取得し、子会社化しました。
セントケアHDグループは、在宅介護サービスを中心とする介護事業を展開しています。
ミレニアは、東京都内において訪問看護事業所を9か所運営している会社です。
ミレニアは債務超過に陥っていたものの、収益は改善傾向にあり、セントケアHDは、グループ内での連携やノウハウの共有などにより、長期的にグループの企業価値向上に貢献するものと判断し、本M&Aに至ったようです。
看護師流出を防ぐ!訪問看護M&AにおけるPMIの鉄則
訪問看護のM&Aで最も恐ろしい失敗は、「M&A直後に看護師が一斉退職してしまうこと」です。
これを防ぐために重要なプロセスがPMI(Post Merger Integration=統合作業)です。
なぜ訪問看護M&Aで「人の引継ぎ」が最重要なのか
製造業などと異なり、訪問看護事業には機械や特許といった資産がありません。
「人(資格者)」こそが資産の全てであり、売上の源泉です。
もしM&Aの情報が不用意に漏れ、「経営者が変わるなら辞めます」とスタッフが退職してしまえば、人員基準を満たせなくなり、最悪の場合は指定取り消し(事業停止)となり、買収した価値がゼロになってしまいます。
キーマン(管理者・サビ管)との面談タイミングと伝え方
従業員への説明のタイミングは慎重に見極める必要があります。
一般的には、最終契約の締結後、クロージングの直前または直後に行いますが、現場を仕切る「管理者」にだけは、少し早い段階で説明し、協力を仰ぐケースもあります。
「なぜ譲渡するのか(事業を潰さず、皆さんを守るため等)」という創業者の想いを丁寧に伝え、不安を払拭することが不可欠です。
待遇・労働条件の維持と統合プロセスのポイント
M&A直後の急激な変化は禁物です。
給与・待遇の維持: 原則として、半年〜1年は既存の労働条件を維持する(不利益変更をしない)。
ルールの尊重: カルテの書き方や訪問ルールなど、現場のやり方を急に変えない。
対話の重視: 買い手企業の担当者が現場へ足を運び、リスペクトを持ってコミュニケーションをとる。
「買収された」ではなく「強力なパートナーが加わった」と感じてもらえるようなPMI設計が成功のカギです。
訪問看護業界でM&Aを行う際のポイント
訪問看護業界でM&Aを行う際の注意点、ポイントを解説します。
売手側のポイント
自社の経営状況や強みの把握、事業成長の実現
M&A時に買い手側から会社や事業を高く評価してもらうためには、経営状況を把握し、問題点はできる限り解決し、強みを強化しておくことが大切です。
また、M&A後に、買い手側が一層の事業成長の実現が期待できるか否かが重要なポイントとなります。
期待できる買手であれば、双方シナジーが高いことが想定されるため、高値での売却に繋がります。
また、事業成長の実現が図れることは従業員の処遇改善や取引先の成長にもつながることが期待できます。
専門家のサポート
M&Aにおいては多岐に渡る専門知識が必要となります。
M&Aを成功させるためには、信頼できる専門家にサポートを依頼することをおすすめします。
買い手側のポイント
法的規制の遵守
訪問看護事業は健康保険法、介護保険法などの規制下にあり、人員や運営に関する基準が定められています。
M&Aを行う際は、このような法規制を遵守し、必要な許認可の継続性を確保する必要があります。
買収後に法令違反が発覚した場合、事業停止処分を受ける可能性もあります。
M&Aの実行前には、デューデリジェンスを行い、コンプライアンスのチェックをすることが重要となります。
人材の流出の防止
訪問介護業界におけるM&Aの買手側のメリットとして、看護師や保健師などの人材を包括的に獲得できることが挙げられます。
しかし、M&Aの実行後、従業員とのコミュニケーション不足や待遇面での配慮が欠けていたといったことが原因で、従業員が退職してしまい、サービスの提供が困難になる場合も考えられます。
訪問看護事業は人材への依存度が高い事業であるため、質の高い看護師などの職員の流出を防ぐことが重要です。
そのためには、従業員への丁寧な説明やPMI(M&A後の統合プロセス)が重要なポイントとなります。
キーマンとの事前面談や従業員への説明のタイミングについては、売り手側やアドバイザーと相談しながら慎重に進めるようにしましょう。

まとめ
訪問看護業界のM&Aをお考えの際は、売却・買収いずれの立場であってもM&Aの専門家へ相談しましょう。
専門家は、豊富な知識、経験をもとに、相談者にマッチする相手先の選定や探索、M&Aの手法の検討を行います。
会社の強み、財務状況、相手先の希望などを整理したうえで相談するとスムーズです。
リガーレは、訪問看護業界のM&Aにも精通しているほか、財務・税務デューデリジェンス、セカンドオピニオンのみの対応も可能ですので、是非お気軽にご相談ください。
この記事の執筆

シニアアナリスト堀内槙
専門領域:株式価値算定、財務・税務DD、統合後の事業計画の策定等
地方銀行入行後、支店での窓口業務、融資事務、運用商品の提案サポートを経て、M&A本部に異動。主にバックオフィスとして、M&Aに関する提案書の作成、契約書の草案作成、法務チェックに加え、累計数百件を超える株式価値算定の経験を持つ。
