従業員承継の成功のカギは?事業承継の中での位置づけと実務ポイント

経営者が高齢や体調不良などを理由に、事業の引継ぎや引退を考える際、選択肢は親族承継・従業員承継・M&A(第三者承継)・清算(廃業)の大きく分けて4つに分かれます。
近年の外部環境の急激な変化や先行き不透明感もあり、親族内承継の割合は減少し、より従業員承継や第三者承継の選択肢が広まっています。
本記事では、役員・従業員への事業承継に関する特徴やメリットデメリット、実務における流れ、ポイントについて解説していきます。
なぜ今、事業承継が注目されているのか
日本の中小企業は、地域経済や雇用を支える基盤として重要な役割を果たしています。
しかしながら、経営者の高齢化が進む中で、後継者不在という深刻な課題が顕在化しています。
中小企業庁の調査によれば、中小企業経営者のうち約半数が「後継者が未定」と回答しており、この状況が続けば、黒字であっても廃業せざるを得ない企業が今後さらに増加する可能性があります。
こうした背景の中で、「事業承継」はもはや一部の企業にとっての特別なテーマではなく、あらゆる企業が避けて通れない“経営課題”として捉え直されつつあります。適切な承継の準備が行われなければ、事業の存続はもちろん、社員の雇用や取引先との関係にも大きな影響を及ぼしかねません。
事業承継には、親族内承継・M&A(第三者承継)・従業員承継など、さまざまな方法がありますが、いずれの方法においても、十分な「時間」と「準備」の確保が成功の鍵となります。
次の章では、事業承継の種類とその比較についてご説明していきます。
事業承継の種類と比較
事業承継には、主に次の3つの方法があります。
- 親族内承継
- 社外への承継(M&A)
- 従業員承継(社内承継)
それぞれに特徴があり、企業の状況や後継候補の有無によって適した方法が異なります。
以下に、各概要と特徴を整理していきます。
親族内承継
最も伝統的な承継方法で、経営者の子どもや親族に会社を引き継ぐ形です。
【特徴】
後継者がいれば早期に決定でき、長期の準備期間の確保が可能となります。相続等により財産や株式を後継者に移転できる制度により、所有と経営の一体的な承継をしやすいです。
社外への承継(M&A)
株式譲渡や事業譲渡などにより、第三者(他企業や外部人材など)へ売却・譲渡する方法です。
【特徴】
株式上場(IPO)ほど手間をかけずに、第三者への譲渡が出来、創業者利潤を獲得できることが最大のメリットとなります。また、M&Aを契機として外部の支援を受けることで、更なる会社の成長へと繋がる可能性も広がります。
従業員承継(社内承継)
社内の信頼できる幹部や社員に経営を引き継ぐ方法です。
【特徴】
経営者としての能力のある人材を見極めて承継することで、社内外から理解を得られる可能性が高まります。
社風や会社の方針を十分に理解した人材が引き継ぐため、スムーズに事業運営の継続が可能となります。
親族内承継 | 役員・従業員 承継 | M&A(第三者) | 清算・廃業 | |
会社の成長 | △ (後継者次第) | 〇 | ◎ | – |
企業風土・文化 | 〇 | ◎ | △ | – |
雇用条件 | 一定 | 一定 | 〇 (買手企業によっては良化) | ✖ |
時間軸 | 社内への融和・育成に一定期間を要する | 人選・育成に一定期間を要する | 相手探しに時間を要する可能性はあるが、比較的短期間での承継可能 | 個人のタイミングで決断可能 |
オーナーの利潤 | △ | △ | ◎ | ✖ |
中でも本記事では、近年注目が高まっている「従業員承継」に焦点を当て、より詳しく特徴や進め方、実務上の留意点について解説していきます。
従業員承継とは?その特徴と意義
従業員承継とは、会社の経営を社内の従業員、特に中核を担う幹部社員などに引き継ぐ事業承継の方法です。
経営者の親族や外部の買い手ではなく、日ごろから会社をよく理解している社内の人材にバトンを渡すという点が大きな特徴です。
後継者としては、たとえば専務や部長、長年会社を支えてきたベテラン社員などが候補になるケースが多く、既に現場を熟知している安心感や社内外の信頼関係の継続がメリットとして挙げられます。
―なぜ今、従業員承継が注目されているのか
ここ数年で従業員承継が注目されている背景には、いくつかの社会的要因があります。
親族内承継の減少
かつて主流だった親族への承継ですが、後継ぎとなる子どもが他の職業を選んだり、そもそも継ぐ意思がないというケースが増えています。
帝国データバンクの調査によると、代表者への就任経緯として2023年度時点は同族承継の割合が36%と最も高い割合でしたが、2024年度では内部昇格(従業員承継)の割合が高くなっております。
M&Aへの心理的抵抗感
外部に会社を売却するM&Aは、売却先の企業文化が合うかどうか、従業員の雇用が守られるかなど、不確実性が高いと感じる経営者も多いです。
特にここ最近、不適切な買手企業によるM&A後のトラブルのニュースが話題となり、より一層ネガティブなイメージを持つ方が増えている印象です。
社内の信頼関係を生かせる
日頃から一緒に働いている従業員だからこそ、経営者としてのバトンを渡しやすい、という心理的なハードルの低さがあります。
中小企業においても内部登用の実例が増え、有力な人材さえいれば、最も理想形の承継方法と考えている経営者が多いと思います。
一方で、後継者候補が経営者としてのスキルを十分に備えているか、株式の取得や保証人の問題をどう解決するかといった課題もあります。
このような特性を踏まえ、従業員承継は“中長期的な準備が必須”の選択肢であることを理解しておく必要があります。
従業員承継の流れと手順
従業員承継を円滑に進めるためには、段階的かつ計画的な準備が不可欠です。
ここでは、従業員承継の一般的な流れを4つのステップに分けてご紹介します。
➀後継者候補の選定
まず、社内から後継者候補を選定します。
この段階で重要なのは、「人望」「業務理解」「将来性」といったバランスを勘案し、適した人材を見極めることです。
複数の候補者から選択できることが大きなメリットであるため、最初から絞り込む必要はありません。
【ポイント】
- 幹部社員や長年勤務している信頼できる人物が対象となることが多い
- 役職上の立場だけでなく、社内外の信頼を得られる資質も重要
- 本人に継ぐ意思があるか、家庭の理解が得られるかも確認が必要
➁育成と準備期間
候補者を決定したら、経営者としてのマインドとスキルの習得に向けた育成が始まります。
数年にかけて必要なフェーズであり、じっくりと基盤を気づいていくことが重要となります。
その際には、承継時期や財務・税務対策などを記した事業承継計画書を策定することをお勧めします。
具体的に動き出す方針になるだけでなく、後継者以外の社内キーマンへの説明や透明性の担保となります。
【実施されることの例】
- 経営会議への参加、業績管理や資金繰りについての知識の習得
- 取引先や金融機関との同席による信頼関係の構築
- 役職上の権限委譲を徐々に進めていくこと
➂承継スキームの設計と実行
育成が進み後継者として見据えることができたタイミングで、実際の承継に向けたスキーム設計を行います。
ここでは、株式の移転や保証人の引継ぎなど、法律・税務・金融面での専門的な判断が求められます。
各専門家にアドバイスを仰ぐことも重要です。
【実務上の検討事項】
- 株式の譲渡・贈与のタイミングと方法
- 後継者の資金調達
- 金融機関との保証契約の移行(個人保証の解除含む)
- 顧問税理士、弁護士、金融機関と連携して設計
④社内外への周知と経営交代
承継スキームの準備が整ったら、正式に経営のバトンタッチが始まります。
この段階から、社内外に向けた発信を行います。全員に対して、同じタイミングで行うのではなく、特に重要な社員・取引先に対しては事前に説明を行うことも検討する必要があります。
【実施されること】
- 社員説明会での経営交代の発表
- 取引先や金融機関への挨拶、表敬訪問
- ホームページやプレスリリースでの周知
従業員承継には明確なステップと、それぞれに対応すべき実務が存在します。
ある日突然に経営者が変わるのではなく、中長期的に準備していくプロセスそのものが、承継成功の鍵になります。
従業員承継のメリットとデメリット
ここでは、従業員承継の代表的なメリットとデメリットを整理してみましょう。
メリット
企業文化やノウハウを承継しやすい
長年社内で働いてきた従業員が後継者となるため、経営方針や現場の価値観が共有されており、企業文化の断絶が起きにくいという利点があります。
これにより、社員や取引先からの信頼も継続しやすく、引継ぎ後も業務が安定しやすくなります。
社員や取引先に安心感を与えやすい
内部の人物が後継者となることで、社内の混乱や退職リスクを抑えることができます。
「この人なら任せられる」という安心感があり、対外的な信用不安も少ないのが特徴です。
外部への情報漏洩リスクが低い
M&Aなどのように第三者が関与しないため、売却交渉の過程で機密情報が外部に漏れるリスクがほとんどありません。
スムーズな意思決定・移行が可能
社内事情に精通しているため、経営判断や業務フローの理解が早く、新体制の立ち上がりも早い傾向があります。
デメリット
経営者としての資質にばらつきがある
現場には強くても、経営全体を見渡す視点やリーダーシップが必ずしも備わっているとは限りません。マネジメントや財務に関する教育やサポートが不可欠です。
社内で後継者を探したいと思っていても、そもそも適任者がいない、あるいは本人に継ぐ意志がない、後継者が親族からの反対にあうというケースも少なくありません。
株式取得や資金面のハードル
中小企業では株式の多くを現経営者が保有しているケースが多く、後継者がその株式を取得するには多額の資金が必要となる場合があります。
また、金融機関との保証人変更もスムーズにいかないことがあります。
人間関係、社内バランスの変化
同僚や先輩後輩の関係性があった中で、突然会社のトップになると、社内での力関係や感情の摩擦が生まれる可能性があります。
周囲との関係性を気にするあまり、前経営者の考えを踏襲しすぎて大きな変化が生まれず、結果会社の成長を阻む可能性もあります。周囲の理解とフォロー体制の構築がとても重要な要素となります。
まとめ
事業承継は、会社の「終わり」決める話ではなく、「次のステージ」へと進めるための経営戦略の一つです。
特に従業員承継は、企業文化を守りながら、社内外の信頼を活かして事業を継続させることができるという点で、中小企業にとって非常に現実的で有力な選択肢となり得ます。
持続可能な企業の未来を創る承継手法として、いかなる選択肢が最適かは各企業によって異なります。
他の承継方法と比較しながら柔軟に判断する姿勢も非常に大切になります。
また、事業承継を行う際には専門家に相談しながら、どの方法が最も良い選択肢なのかを検討していく必要があります。弊社リガーレでは、M&A・事業承継から相続と幅広い支援実績がございます。
事業承継に関するお悩みや疑問をお持ちの方は、是非当社まで気軽にお問い合わせ・ご相談下さい。
この記事の執筆

アドバイザー中川雄太
専門領域:M&Aアドバイザリー
経営者の後継者問題や企業の成長戦略を支援するM&Aアドバイザーという職種に魅力を感じ、大手M&A仲介ブティックに入社。主に中堅中小企業オーナーに対するアドバイザリー業務に従事し、建設業や卸売業など様々な業種において計10件以上のM&A成約支援に携わる。M&Aのみに留まらず幅広く事業承継支援を行いたいという想いからリガーレに入社。M&A・事業承継を通じて企業の永続的な発展を支援する。