自動車小売業(ディーラー)のM&A動向について
自動車小売業界は、近年急速に変化しており、競争環境や顧客のニーズに対応するため、M&A(合併・買収)が重要な戦略となっています。
業界特有の競争激化や、ディーラー契約、在庫管理、アフターサービスの強化など、M&Aにはさまざまな要素が絡んでいます。
本記事では、自動車小売業におけるM&Aの動向や、進める上で特に留意すべき業界特有のポイントについて詳しく解説します。
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自動車小売業界とは
まずは、自動車小売業界の定義や現状について解説します。
自動車小売業界の定義
日本国内において、自動車小売業者とは基本的に「消費者に自動車を販売する事業者」として定義されています。
具体的な形態は多様で、自動車メーカーが直接運営する直営店、独立した企業が契約を結んで販売を行う契約店、オンライン販売業者、中古車販売業者、カーシェアリング事業者、リース業者など、さまざまな形態の企業が自動車販売に関与しています。
どの形態であれ、自動車小売業者は最終的には車両の販売・提供を行い、消費者のニーズに応えています。
自動車小売業界の現状
1970年以降、日本国内の自動車保有台数は着実に増加しました。
この増加は、経済成長、所得の向上、都市化、道路インフラの整備、消費者ニーズの変化、環境問題への対応など、さまざまな要因が相まって進行し、特に1970年代から1990年代は急速な増加を見せました。

(出典:一般社団法人自動車検査登録情報協会「わが国の自動車保有動向」)
一方、2000年代以降においては、経済状況の変化や消費者の購買行動の変化、ECオンライン販売やカーシェアリングサービスの普及により、保有台数の伸びは緩やかになりました。
今後は、車の所有から利用への移行、EVや自動運転車の普及、環境意識の高まり、そして高齢化社会の進展により、車の役割や利用形態が多様化していくことが予想されます。
自動車小売業者においても、これらの影響を受けています。日本国内の自動車小売業者の数は、1990年代までは順調に増加し、ピークは10,000店舗以上に達していたとされます。
しかしながら2000年代以降、経済の低迷や自動車販売数の減少、消費者の購買スタイルの変化等により、一部のディーラーが閉店し始め、業界再編が進行していきました。
現在の自動車小売業者数は、6,000〜7,000店舗程度であると推定されています。
自動車小売業界の展望
自動車小売業界は、技術革新、消費者の購買行動の変化、規制の強化など、いくつかの重要な要因が影響を与えると予測されています。
特に、環境への配慮やデジタル化の進展、シェアリング経済の拡大などが大きなポイントとなります。
以下に、自動車小売業界の主な展望について説明します。
1. EV(電気自動車)の普及と小売業の対応
世界的に電気自動車(EV)の普及が進む中で、自動車小売業としても対応の変化が生まれます。
EVの特徴やメリットを訴求するマーケティング戦略や、試乗イベントの実施などを通じて、EVの販売促進に努めることが必要となってきます。
一方で、EVに変わることにより部品点数が少なくなることや、整備方法も従来のガソリン車と異なってきます。そのため、EVに即したサービスを提供することが競争力を高める要素となるでしょう。
2. デジタル化とオンライン販売の拡大
消費者の購買行動がデジタル化にシフトしてきている中、新型コロナウイルスの影響も相まって、自動車においてもオンライン購入の浸透が進んでいます。
消費者が自宅で車の選定や価格比較を行い、最終的にはディーラーでの試乗や契約という流れが一般的になると予想されます。
バーチャルショールームやAR技術を活用した仮想体験は、消費者が自宅で車を視覚的に確認でき、より直感的に購入決定をすることを促進させます。
また、CRM(顧客関係管理)システムやAIを活用し、個々の顧客に合わせたカスタマイズされた販売提案を行うことで、オンライン販売の成功がさらに加速するでしょう。
3. カーシェアリングとサブスクリプションモデルの普及
カーシェアリングやサブスクリプションモデルが普及することにより、消費者が車を所有するのではなく、必要なときに利用する形態への移行が進んでいます。
この変化に対応するため、自動車小売業者も新たなビジネスモデルを模索する必要があります。
自動車のサブスクリプションサービスを提供する企業が増えており、月額料金で車を所有することなく利用できるシステムが注目されています。
これにより、自動車を購入するという従来の考え方が変わり、消費者は車を所有するよりも利用することを選ぶようになります。
また、都市部でのカーシェアリングの普及も進んでおり、消費者が車を所有するのではなく、必要なときにだけ車を借りるという形態が広がります。自動車小売業者は、これに関連する車両の提供や管理、メンテナンス業務に参入する機会を得るかもしれません。
4. アフターサービスの強化と顧客満足度向上
自動車は購入後のアフターサービスも非常に重要な要素です。
今後、アフターサービスの強化が競争優位性を高めるポイントとなります。
車両のメンテナンスや修理もオンライン予約や自動診断機能を通じて、より便利に行えるようになるでしょう。
また、顧客のライフスタイルに合わせた柔軟なサービス(出張修理、予防的メンテナンスプログラムなど)が求められます。
さらに、カスタマーサポートの充実についても同様に、EV特有の問題(バッテリーの交換や充電設備の使用方法)に対するサポートや、新車購入後のサービスの充実がますます重要になります。
5. グローバル市場と競争激化
日本国内の市場は成熟しており、競争が激化しているため、海外市場への進出や国際的な提携は今後の成長のカギとなります。自動車小売業者が海外市場に進出し、現地のニーズに応じた車両の販売やアフターサービスを提供することが、今後の競争優位性を高める要因となります。
特に、新興市場におけるEVや中古車市場の成長が注目されます。
自動車小売業界のM&A事例と活用のメリット
このように自動車小売業界は、技術革新、消費者の購買行動の変化、デジタル化の進展、シェアリング経済の拡大など、様々な課題を抱えています。
その中で、M&Aは譲渡側・譲受側双方にとって有効な経営戦略の一つになり得ます。
ここでは、自動車小売業界のM&A事例や、双方のメリットについて、詳しく説明します。
株式会社ウィルプラスホールディングス、オリオン自動車販売株式会社を子会社化
株式会社ウィルプラスホールディングスは、「輸入車のある生活を提案し、より多くの皆様と豊かさ・楽しさ・喜びを分かち合い、関わる全ての人々を温かい笑顔に変えていく挑戦を続ける」ことをミッションに掲げる上場企業。
2023年12月、株式会社ネクステージよりボルボ・カー福岡東、ボルボ・カー大分を譲受。以降、九州エリアでのドミナント戦略を進め、2024年12月、オリオン自動車の株式譲受を実行。
ボルボ・カー鹿児島、ボルボ・カー長崎の譲受により、九州におけるシェアが拡大。
株式会社オートバックスセブンG、株式会社東葛ホールディングスの株式を公開買い付けにより子会社化
2024年8月、株式会社オートバックスセブンの子会社である株式会社オートバックス・ディーラーグループ・ホールディングスは、BMW 及び MINI の正規ディーラーである株式会社アウトプラッツ及び株式会社モトーレン栃木の2社による共同株式移転によって、中間持株会社として設立された。
一方、株式会社東葛ホールディングスは千葉県を中心に展開するホンダの正規ディーラーであり、本件株式取得により、顧客基盤の拡充、人材交流、管理コストの削減等を目指す。
売り手側のメリット
まずは売り手側のメリットについて解説します。
1. 販売ネットワークの拡大と統合
自動車販売業者は、地域に密着した販売網を持つことが競争力の源となりますが、限られた地域での競争が激化しているため、自社が持つ既存の販売ネットワークや顧客基盤を活かして、より広範囲なネットワークに統合されることがメリットとなります。
買手企業及び譲渡企業のネットワークを統合することで、地域ごとの販売力やアクセスが大幅に拡大します。
これにより、譲渡企業は自社の顧客基盤を拡大できる可能性があります。
また、M&A後に広告費や販促活動のコストをシェアすることで、販売促進をより効果的かつコスト効率的に実施できます。
2. スケールメリットとコスト削減
規模の拡大によるコスト削減が重要な要素になります。
譲渡企業が小規模な企業であれば、M&Aによって規模の経済を享受することができます。
部品の調達や車両仕入れのボリュームディスカウントが得られ、仕入れコストの削減が期待できます。他にも、販売店や管理部門の重複を排除し、業務の効率化が進むことで、人件費や経費の削減が実現できます。
3. デジタル化の加速と技術の導入
自動車小売業界は、デジタル化やオンライン販売の進展が重要なトピックとなっています。
譲渡企業がデジタル化の遅れを感じている場合、買収によって最新のデジタル技術やオンライン販売プラットフォームを活用できるメリットがあります。
買い手企業がすでに高度なITインフラやCRM(顧客管理)システムを活用している場合、譲渡企業はこれらを活用することができ、顧客データの管理や営業の効率化が進みます。
また、買手が保有している電気自動車(EV)や自動運転技術に関する新技術を導入することで、事業を一新し、技術的に遅れを取ることなく競争力を維持できます。
買い手側のメリット
買い手側のメリットについてもご紹介します。
1. 地域市場への迅速なアクセスとシェアの拡大
自動車小売業は地域密着型のビジネスであるため、特定の地域に強い販売ネットワークを持つ企業をグループに迎えることで、買手は既存の市場に迅速にアクセスすることができます。
また、これまで拠点の無かった場所であっても新規参入することが可能となるため、シェア拡大にも繋がります。
2. ブランド価値や顧客基盤の強化
自動車小売業者は、顧客の信頼を得ることが重要な要素です。
買手企業が譲渡企業をグループ化することで、譲渡企業のブランド価値や顧客基盤を活用できるという大きなメリットがあります。譲渡企業が持つ地域ブランドや長年築き上げた顧客信頼をそのまま引き継ぐことができるため、買手企業は新たにブランドを構築する手間や時間を削減することができます。
また、譲渡企業がすでに構築している顧客基盤にアクセスできることで、顧客のロイヤリティを維持しやすくなり、新たなサービスや製品を迅速に提供することが可能です。
3. 技術革新やEV(電気自動車)市場への参入
自動車業界は技術革新が急速に進んでおり、特にEV(電気自動車)や自動運転技術などが注目されています。
M&Aを通じて、買手はこれらの新しい技術を導入し、競争優位性を高めることができます。
例えば、譲渡企業がEVやハイブリッド車の販売に特化している場合、買手企業はそのラインアップを取り入れ、EV市場に素早く参入することができます。
また、自動運転やAI技術を活用した販売システム、車両の運転支援技術など、先進的な技術を取り込むことで、企業の競争力を強化できます。
自動車小売業界でM&Aを行う際のポイント
自動車小売業界でM&A(合併・買収)を行う際には、業界特有の要素や特性を考慮する必要があります。
以下に主なポイントをまとめます。
1. ディーラー契約や販売権の確認
自動車小売業では、メーカーとのディーラー契約が重要な要素となります。
ディーラー契約や販売権は、M&A後の運営に大きく影響するため、これらの契約内容や条項を慎重に確認する必要があります。M&A後にディーラー契約が引き継がれるか、メーカー側の承認が必要かなどを確認し、契約における譲渡制限や契約条件をしっかり把握しておくことが大切です。
また、メーカーがM&Aを契機に販売条件を変更する場合があるため、事前にそのリスクを十分に調査しておく必要があります。
2. 顧客基盤とブランド価値の維持
前述したように、自動車小売業は顧客との長期的な信頼関係が重要です。
譲渡企業が持つ顧客基盤やブランド価値が買手にとって非常に重要な資産となる一方で、M&A後にこれらを維持・強化するための戦略が必要です。
M&A後に顧客が離れるリスクを避けるため、譲渡企業の顧客基盤を維持するための施策が重要です。
ブランド価値を損なわないように、買手が既存ブランドの良さを引き継ぐか、新たなブランド戦略を適切に設定することが求められます。
3. 在庫と販売車両の管理
在庫管理も非常に重要な要素です。
M&Aを行う際、在庫の適正評価や販売車両の状態をしっかりと確認する必要があります。
車両の在庫は高額な資産となるため、M&A前に在庫の実態や評価を正確に行い、在庫評価に基づく取引条件を設定することが必要です。
また、車両は新車でも年数が経つと価値が下がるため、販売車両の管理状況(売れ残りの車両や過剰在庫)を把握し、どのように扱うかを決める必要があります。
4. アフターサービスネットワークの評価
車両の販売後に提供するアフターサービス(整備、修理、部品供給など)も重要な収益源になります。
M&Aを進めるにあたり、アフターサービスネットワークの強化や維持について十分に検討する必要があります。既存のアフターサービスネットワークが譲渡企業と買手で重複していないか、効率的に統合できるかを確認し、効率化の余地があればそれを活かす方法を考えることが大切です。
また、顧客に提供するサービスの品質が低下しないよう、サービスレベルを維持するための体制を整える必要があります。
5. 法規制や環境への対応
自動車業界は法規制や環境基準に強く影響を受けます。
特に環境規制(例えば、CO2排出規制やEV導入に関する政策)に対する対応が重要です。
M&Aを進めるにあたり、譲渡企業が規制にどのように対応しているかを確認し、買手企業としてもそのリスクをしっかり管理することが求められます。
EV(電気自動車)や燃費基準に関する規制にも適合しているかどうかを確認し、必要に応じて環境対応を強化する準備を整える必要があります。
また、車両に関連する安全基準や品質基準、リコールなどの法的リスクを事前に精査し、これらがM&A後に問題となることがないようにすることも重要になってきます。
まとめ
自動車小売業界のM&Aをお考えの際は、売却・買収いずれの立場であってもM&Aの専門家へ相談しましょう。
専門家は、豊富な知識、経験をもとに、相談者にマッチする相手先の選定や探索、M&Aの手法の検討を行います。
会社の強み、財務状況、相手先の希望などを整理したうえで相談するとスムーズです。
リガーレは、自動車小売業界のM&Aにも精通しているほか、財務・税務デューデリジェンス、セカンドオピニオンのみの対応も可能ですので、是非お気軽にご相談ください。
この記事の執筆

シニアアドバイザー田澤脩平
専門領域:M&Aアドバイザリー、Projection、Valuation策定等
メガバンクに入行、中小零細から上場まで幅広い企業への法人営業に従事。その後、国内大手アドバイザリーファームにて、会計事務所のネットワーク開拓に加え、多数のM&A案件に携わる。事業会社へ転職後は自社のM&A専任者として、企業の買収・売却を実施。アドバイザリー、買手、売手の3つの面からM&Aに携わってきた経験を持つ。