介護業界の M&A動向と最新事例
介護業界は、高齢化が進む日本において、年々需要が高まり、注目を集めている分野です。
今後も需要が伸びる成長市場として、M&Aによる異業種からの参入も多く、介護業同士のM&A件数も増加傾向にあります。
本記事では、介護業界の定義、現状と課題を踏まえ、介護業界のM&Aの動向や事例、M&A活用のメリットやM&A時のポイントについてご紹介します。
介護業界とは
介護業界とは、訪問介護や、有料老人ホームなどの介護施設の運営など、高齢者や障がい者を対象に介護サービスを提供する企業群を指します。
介護業界のサービス類型
介護サービスには主に以下の3つの類型があります。
居宅サービス
居宅サービスとは、要介護認定を受けている利用者が、自宅で生活を送りながら受けられる介護サービスを指します。
ヘルパーや看護師などが自宅を訪問する訪問介護や訪問看護、利用者が施設に通う通所介護や通所リハビリテーション、短期で宿泊できる短期入所生活介護(ショートステイ)など、様々なサービスがあります。
施設サービス
施設サービスとは、施設に入居し、24時間体制で介護を受けられるサービスです。
施設サービスには介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護療養型医療施設の3種類があります。
地域密着型サービス
地域密着型サービスとは、今後増加が見込まれる認知症高齢者や要介護高齢者などが、住み慣れた地域で生活を継続できるよう、2006年の介護保険制度改正により創設された介護サービスです。
一般的な介護保険サービスが都道府県による指定管理のもと、運営されているのに対し、地域密着型サービスは、市町村指定の事業者がサービスを提供し、その地域の住民が利用の対象となります。
介護サービスの特徴
高齢者など介護が必要な人を支えるための制度として、2000年に介護保険制度が創設されました。
介護保険制度は、市区町村など全国の自治体が保険者として、制度を運営しています。
40歳以上の人に介護保険の加入が義務付けられており、保険料を納めることで、介護が必要になった時に1~3割の自己負担額で介護サービスを受けられる制度です。
介護サービスは関連制度や行政の動向が大きく影響
介護サービスの多くは介護保険の給付によって賄われており、給付対象となる事業者の指定も行政の管轄であるため、制度や行政の動向が業界に大きく影響します。
介護保険サービスの費用は、要介護認定を受けた利用者が1割(所得により2~3割)を負担し、残り7~9割は介護保険から給付されています。
介護報酬への依存度は、訪問・通所サービスで9割以上、食費や居住費など保険対象外のサービスが多い施設系サービスでも約5割と高い水準です。
また、介護報酬は介護保険制度に基づいて決められており、3年ごとに改正が行われます。
この介護報酬の改正が事業所の収入を大きく左右するため、改正内容に注意が必要です。
2024年度の改正介護保険法
2023年5月12日、2024年度の改正介護保険法が国会で成立しました。
今回の改正は、介護事業者に大きな影響がある内容であり、主要な変更点は以下の3点です。
- 看護小規模多機能の役割の明確化と新たな複合型サービスの創設
- 居宅介護支援事業所に介護予防支援の許認可を追加
- 財務諸表の公表義務化
現在は、税制優遇のある社会福祉法人や障害福祉事業者には財務諸表の提出と公表を義務化されていますが、今回の改正により、全ての介護サービス事業者について財務状況の公表が義務化されました。
また、義務化に伴う罰則規定が設けられるか否かも注目されていましたが、業務停止や指定取り消しの可能性があることが明記されました。
なお、提出する決算データは、単に税務署に提出している決算書の数字ではなく、「会計の区分」※に従い財務諸表を作成することが義務化されているため、自社の財務状況を見直す必要があります。
※会計の区分・・・厚生省令第37号第38条等の各サービスの解釈通知に規定された運営基準の一つ
介護サービスの収益性のポイント
制度以外の面では、介護サービスの種類によって収益性のポイントが異なります。
訪問系サービスはコストに占める固定費が低く、収益性は変動しにくい一方、比較的低水準にとどまりやすいという特徴があります。
通所系や居住系サービスは施設運営にかかる固定費が高いため、施設の稼働率が重要となります。
特に居住系は、初期投資は大きいものの、単価が高いため、稼働率を高めれば大きな収益が見込めます。
居住系の大手企業は、稼働率を高めるため、規模拡大によるブランド化や各種コストの抑制、また訪問系サービスの買収により利用者を取り込むなどの施策を行っています。
他方、訪問系においても、居住系サービスに進出することで利益率を向上させたニチイ学館などの事例があります。
介護業界の現状と未来
介護業界は高齢化が進行する近年の日本において、特に注目されている分野です。
ここでは、介護業界の現状と未来について解説します。
人口動態とその影響
高齢化が急速に進む中、介護サービスの利用者は急激に増加しています。
厚生労働省「介護分野をめぐる状況について」によると、介護保険制度の創設から20年が経過し、65歳以上被保険者数は約1.6倍に増加、サービス利用者数は約3.3倍に増加しました。
今後、日本の総人口が減少に転じていく中、高齢者(特に75歳以上の高齢者)の占める割合は更に増加していくことが想定されています。高齢者人口の増加に伴い、介護費用総額も増加しています。
介護費用総額は2018年度に初めて10兆円を超え、2021年度には約11兆円となり、今後も市場規模は拡大すると見られています。
市場の拡大が見込まれる介護業界への参入企業は増えているものの、介護職員の給与水準の低さや介護職員の不足といった課題を抱えています。
人材不足については、かつて20%超であった離職率は徐々に低下しているものの、需要の増加には追い付いておらず、有効求人倍率は依然として高い水準となっています。
人材確保のための取り組みとして、介護職員の処遇改善、外国人介護人材の受け入れ、環境整備の強化などが挙げられます。
出典:厚生労働省 老健局「介護保険制度をめぐる最近の動向について」
介護業界の未来
前述のような多くの問題を抱える介護業界では、介護現場におけるテクノロジーの活用などによるサービスの質の向上、職員の負担軽減といった生産性向上の推進は喫緊の課題となっています。
見守りセンサーやICT、移乗介助機器等といった生産性の向上に効果的なテクノロジーの普及を加速するため、厚生労働省は、介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォームの整備や、地域医療介護総合確保基金を利用した介護ロボット、ICTの導入支援といった施策に取り組んでいます。
また、政府は業務効率化の観点から、地域や事業者の実情やニーズを踏まえ、介護サービスの経営の大規模化・協同化を推進しています。
介護保険制度は、利用者が介護サービス事業者を選択することを基本としており、限られた財源の下で、事業者間の競争が生じる結果、サービスの質の向上や事業の効率化が進むことが期待されていました。
しかし、現状は、介護サービスの経営主体は小規模な法人が多く、競争が必ずしもサービスの質の向上や業務の効率化に繋がっているとは言えず、むしろ、規模の大きな事業所や事業所の数の多い法人ほど、平均収支率が高いなど、規模の利益が働きます。
介護分野では、収入面が主として公定価格で決められる以上、費用面の効率化が重要であり、備品の一括購入、管理部門の共通化、効率的な人員配置といった費用構造の改善のため、経営の大規模化・協同化を進めていく方針となっています。
介護業界におけるM&A動向
介護業界は、前述したような深刻な人材不足の影響や、需要が伸びる成長市場という判断などから、M&A・業界再編が盛んに行われています。
なお、介護業界のM&Aとしては、以下のような動きが多くなっています。
- 人材確保を目的とした同業同士のM&A
- 成長市場との判断による異業種からの新規参入目的のM&A
- 介護サービスの質の向上を目的とした、介護事業者と医療関係の企業とのM&A
- 規模拡大による収益性や効率性向上を目的とした大手企業による介護事業者の買収M&A
- 後継者不在による事業承継目的のM&A
介護業界におけるM&Aの重要性
- 経済性の向上
規模の拡大により、管理部門の共通化や効率的な人員配置などによる費用の効率化が期待できます。
- 専門性の向上
M&Aによって他社が持つノウハウを取り入れることで、自社のサービスの品質向上が見込めます。
- 事業の選択と集中
居宅サービスと施設サービスでは必要な経営資源が異なるため、両方を運営している企業が、M&Aによりいずれかの事業を売却し、資源を集中させることで、事業価値を高めるというケースがあります。
介護業界におけるM&A活用のメリット
介護業界においてM&Aを活用した場合の主なメリットは以下の通りです。
売り手側のメリット
・後継者問題の解決
・廃業の回避
・従業員の雇用の継続
・個人保証・担保の解消
・売却益の獲得
・経営の安定・拡大
・知名度の向上
買い手側のメリット
・弱点サービスの補強(同業種)
・人材の確保(同業種・異業種)
・拠点の拡大(同業種・異業種)
・エリアシェアの拡大・獲得(同業種・異業種)
・業績拡大(同業種・異業種)
・シナジー効果の獲得(同業種)
・簡易に新規参入が可能(異業種)
介護業界のM&A事例
介護業界における最近のM&A事例をご紹介します。
日本生命による医療事務受託・介護のニチイホールディングスの買収
2023年11月、日本生命保険は、ベインキャピタルの投資先で介護最大手のニチイホールディングスを約2100億円で買収することを発表しました。
生命保険会社によるM&Aは海外の同業や資産運用会社が中心で、異業種を買収するのは異例です。
少子高齢化、人口減少の影響により、将来的に生命保険事業だけでは収益が先細りするという危機感から、日本生命は子育て・介護やヘルスケアなど保険の周辺領域での新規事業創出に力を入れてきました。
日本生命とニチイは1999年の業務提携以降、子育て・介護などのライフケア領域で協業してきしたが、ライフケア分野の更なる強化や顧客基盤の拡張につなげるため、本M&Aに至りました。グループ全体での収益力を高めるため、今後の市場拡大が期待される介護サービスを取り込み、ニチイの持つ顧客基盤を活かし、生命保険事業との相乗効果を狙っているようです。
QLSホールディングスによる介護福祉事業2社の買収
2023年8月、QLSホールディングス(名証ネクスト:7075)は、埼玉県の和み及び石川県のふれあいタウンの2社の全株式を取得しました。
保育事業を主軸とし、介護福祉事業、人材派遣事業などを営むQLSホールディングスは、今後、介護福祉事業、人材派遣事業を保育事業以上に拡大させていく方針です。
和みの子会社化により、埼玉県でのサービス提供エリアの拡大、ふれあいタウンの子会社化により、石川県への新規展開を行うとともに、和みが運営する介護付き有料老人ホームや、ふれあいタウンが運営する通所介護は、QLSホールディングスにとって新たなサービスの開始となります。
人材の相互流入やノウハウの提供によるサービスの質の向上など、同業の優位性を生かした事業連携を行うため、本M&A実行に至りました。
ケア21による訪問介護事事業所、居宅介護事業所の事業譲受
2023年10月、ケア21(東証スタンダード:2373)は東京都のトチギ介護サービスから訪問介護事業所1拠点、居宅介護事業所1拠点を事業譲受しました。
ケア21は、首都圏・近畿圏などを中心に、有料老人ホームや訪問介護支援などを手掛けています。
本M&Aの対象事業は東京都文京区と未開拓地域となりますが、近隣の既存事業所からの人材確保、営業支援の協力が見込めるとして本買収に至りました。
介護業界のM&Aでは、このように大手介護事業者がエリアの拡大といった目的により事業所1、2拠点のみの事業譲受を行うことも多々あります。
市進ホールディングスによる居宅介護支援事業の買収
2020年7月、市進ホールディングス(東証JASDAQ:4645)は、居宅介護支援事業を営む神奈川県のゆいの全株式を取得しました。
市進ホールディングスは首都圏で学習塾を運営するなど、教育事業、教育関連事業を展開してきましたが、経営多角化のため、介護事業に注力していく方針から、本M&Aを行うに至りました。
弊社が買い手アドバイザーを務めた介護事業の買収案件
大阪を中心に、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、訪問看護事業など、幅広い介護サービスを展開している会社のアドバイザーを弊社が務め、九州地方の介護事業会社の買収に至りました。
売り手企業様は、訪問介護事業、デイサービス事業、訪問看護事業などを営んでいましたが、自社単独での成長発展に限界を感じられていたことや、後継者候補であったご子息に承継の意思がないことから、M&Aでの売却を決断されました。
買い手企業様は、自社で培われたノウハウ、サービスを他地域でも展開したいという想いで、九州エリアへの新規進出を目的に、本M&Aを実行されました。
介護業界のM&Aを行う際のポイント
介護業界のM&Aを実行する場合に注意すべきポイントとして、以下のようなものがあります。
- 人員配置、設備基準などの適正性
- 許認可の引継ぎ・スキームの検討
- 優秀な職員、有資格者の継続雇用
それぞれ解説します。
人員配置、設備基準などの適正性
介護事業所・施設には、原則として利用者数に対する人員配置の基準が設けられています。
人員配置基準違反があると、介護事業所の指定取り消し、サービスの停止、新規受け入れの停止など、重い行政処分を受ける可能性もあります。
また、介護施設を運営するには、施設の建設時に「設備基準」をクリアしなければなりません。
介護業界のM&Aを行う場合には、このような基準が満たされ、適正な運営がなされているかという点に注意する必要があります。
許認可の引継ぎ・スキームの検討
M&Aのスキームによっては、許認可を引き継ぐことができない場合があるため、スキームの検討は慎重に行いましょう。
株式譲渡であれば許認可を引き継ぐことが可能ですが、事業譲渡の場合は、引き継ぐことはできず、買い手は許認可を取得し直す必要があります。
優秀な職員、有資格者の継続雇用
前述したように、介護業界において人員の確保は難しいため、M&Aをきっかけとして人材が流出しないよう注意が必要です。
特に優秀な職員や有資格者が退職することがないようにすることが重要となります。
まとめ
介護施設の売却などをお考えの際は、まずはM&Aの専門家へ相談しましょう。
専門家は、豊富な知識、経験をもとに、相談者にマッチする相手先の探索や、M&Aの手法の検討を行います。
会社の強み、財務状況、相手先の希望などを整理したうえで相談するとスムーズです。
リガーレは、介護業界のM&Aにも精通しておりますので、是非お気軽にご相談ください。