産業廃棄物処理業界のM&A動向と最新事例
SDGsやESG投資の広まりを背景に環境保護が世界的に大きなテーマになっています。
産業廃棄物処理業界は変革を余儀なくされており、M&Aの選択を検討する企業が増加傾向にあります。
この記事では、産業廃棄物処理業界のM&A動向、事例やメリット、M&Aを進める上での留意点などをご紹介します。
産業廃棄物処理業界とは
まずは、産業廃棄物処理業界の定義や特徴について解説します。
産業廃棄物処理業界の定義・特徴
産業廃棄物業界とは、産業活動から生じる廃棄物の処理、再利用、リサイクルを行う事業者や関連施設を包括する業界を指します。
日本においては、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃掃法)に基づき、産業廃棄物を適切に管理・処理することが法的に規定されています。
産業廃棄物には、製造業や建設業、農業など様々な産業から発生するものがあり、具体的には廃プラスチック、金属くず、廃木材、廃油、燃え殻、汚泥などがあります。
この業界には、廃棄物を収集・運搬する業者、処理施設を運営する業者、廃棄物をリサイクルする事業者などがあります。
また、産業廃棄物の処理業を営む場合は、都道府県知事の許認可を取得することが定められています。
産業廃棄物の管理は、環境保護の観点から厳格な法規制の下で行われます。
廃掃法の改正は度々行われており、特に2017年施行の改正法は、2016年に発覚した産業廃棄物事業者が廃棄物を不正に転売していた事案を受け行われました。
許可を取り消された廃棄物処理業者等への措置が強化されたほか、一部事業者に対する電子マニフェストの使用義務付け、有害使用済機器の適正な保管を義務付ける内容が含まれています。
このように各国の環境保護局や政府機関が制定する法律や基準を遵守することが求められ、違反すると重大な罰則が科せられることがあります。
産業廃棄物を適切に処理することは、環境汚染を防ぐだけでなく、リサイクルを通じて資源の再利用を促進する重要な役割を果たします。サステナビリティの観点からも、廃棄物の削減やエネルギー回収などが重視されています。
産業廃棄物処理業界の商流
産業廃棄物業界の商流は、廃棄物の発生元から最終的な処理・リサイクルまで複数のステップを経由します。
(出典:リガーレ作成)
1.廃棄物の発生
産業活動(製造業、建設業、医療業など)により廃棄物が発生します。
2.収集・運搬業者
産業廃棄物を発生元から収集し、適切な処理施設やリサイクル施設へと運搬します。
この業者は産業廃棄物収集運搬許可を必要とします。
3.中間処理業者
収集された廃棄物を仕分け、処理、圧縮、破砕などの処理を行い、最終処分場またはリサイクル業者へ送る前の段階での処理を行います。
これには破砕、焼却、物理的または化学的処理などが含まれる場合があります。
4.最終処分
不用品や再利用不可能な廃棄物は、最終的に埋立地や焼却施設などで処理されます。
最終処分も適切な許可が必要です。
5.リサイクル業者
再利用可能な材料を回収し、新たな製品の原料としてリサイクルします。
例えば、金属スクラップは精錬されて新たな金属製品に、廃プラスチックは粒子に加工されて新たなプラスチック製品に生まれ変わります。
また、産業廃棄物処理のフローをみると、回収された産業廃棄物は、1)処理施設を経由せずに直接再生利用される、2)処理施設にて中間処理される、3)処理施設を経由せずに直接最終処分されるという3つに分けられます。
産業廃棄物の処理方法の構成比は、直接再生利用が21%、中間処理が78%、直接最終処分が1%といわれており、中間処理を担う産業廃棄物業者の役割は大きいといえます。
産業廃棄物処理業界の現状
日本の産業廃棄物の量は、過去20年間では例年400百万トン前後で、ある程度安定推移しています。
令和3年のデータでは、産業廃棄物の量は371百万トンで推移しました。
(出典:環境省「産業廃棄物の排出及び処理状況(令和3年度速報値)」)
(出典:環境省「産業廃棄物の排出及び処理状況(令和3年度速報値)」)
また、産業廃棄物の内訳としては、汚泥と動物のふん尿で全体の65%を占めており、次いでがれき類が15%、その他の合計で20%弱となっています。
これらの廃棄物は、それぞれが異なる処理法を要するため、産業廃棄物を扱う企業は多くの場合、特定の種類の廃棄物を専門としていることが多いです。
産業廃棄物処理業界が抱える課題と展望
ここでは、産業廃棄物処理業界が抱える課題と展望について、述べていきます。
産業廃棄物処理業界が直面する主な課題
産業廃棄物業界の主要な課題としては、以下が挙げられます。
1.最終処分場の容量不足
都市部を中心に、使用可能な最終処分場の容量が限界に近づいています。
2.高コスト
産業廃棄物の適切な処理と処分には高額なコストがかかり、特に中小企業にとっては負担が大きいです。
3.法規制の厳格化
環境保護の観点から法規制が強化されており、事業者には遵守が求められていますが、これによる運用の複雑化やコスト増が課題です。
4.技術革新の遅れ
効率的なリサイクル技術や廃棄物処理技術の開発が遅れていることが、業界の持続可能性を阻害しています。
これらの課題に対応するために、政府や業界は技術革新や法規制の適応、新しい処分場の確保などの取り組みを強化しています。
産業廃棄物処理業界の展望
日本の産業廃棄物業界の展望は、以下の要素により形成されています。
1.技術革新の推進
AIやロボティクスを活用した廃棄物の自動分類や処理技術の開発が進んでいます。
2.持続可能性へのシフト
リサイクルや資源回収の効率化を通じて、環境に配慮した持続可能な業界への転換が進行中です。
3.政策と規制の整備
政府による規制強化や新たなガイドラインの設定が、業界の透明性と環境保護 を推進しています。
産業廃棄物処理業界におけるM&A動向
産業廃棄物業界でM&Aが行われる理由のうち、主な5点を以下に示します。
1.業界の規模拡大と市場支配力の強化
産業廃棄物処理業界は、規模の経済が成果を左右する要素の一つです。
大規模なオペレーションはコスト効率を高め、より広い顧客基盤にサービスを提供することが可能です。
合併や買収によって企業はリソースを統合し、市場での支配力を増すことができます。
これにより、競争上の優位性を確保し、業界全体の競争力を強化します。
2.技術革新とサービスの多様化
産業廃棄物処理における技術進歩は迅速に進んでおり、企業間での技術的なギャップを埋めるためのM&Aが一つの手段となっています。
特に、デジタル化、自動化技術、リサイクル技術の進展は、業界の効率化と環境性能の向上を促しています。
新しい技術や専門知識を持つ企業を買収することで、サービスの質を高め、新たな顧客層を開拓することが可能です。
3.環境規制への対応
国際的な環境規制の強化は、産業廃棄物処理業界に大きな影響を与えています。
厳格な環境基準を満たすためには、先進的な技術と専門的な管理が必要です。
M&Aは、規制への適応を速め、業界のコンプライアンスコストを分散させる効果があります。
合併によって、リソースと専門知識を集約し、環境基準に適合するためのシステムを強化することが可能です。
4.地域的拡大とグローバル市場への進出
地域的な市場拡大や新しい市場への進出も、M&Aの大きな動機の一つです。
国内外の市場におけるプレゼンスを確立することは、企業の成長戦略において重要です。
M&Aにより、既存の地理的・市場的制約を超えて拡大することができ、新たな収益源を確保します。
5.持続可能な成長とリスク管理
産業廃棄物処理業界は、持続可能な成長を目指す中で、リスクの分散が必要です。
M&Aは、事業リスクを管理し、より安定した運営を実現するための戦略的手段です。
特に経済の不確実性が高い時期には、強固な財務基盤と多様化された事業ポートフォリオを持つ企業が競争力を高めていきます
産業廃棄物処理業界のM&A事例
ここで、近年における産業廃棄物処理業界のM&A事例について、いくつか紹介します。
大栄環境が栄和リサイクルを買収
大栄環境は2024年1月の取締役会にて、栄和リサイクルの株式を取得し、連結子会社化することについて決議しました。
栄和リサイクルは、首都圏を中心とした関東エリアにおいて、主に建設現場から発生する産業廃棄物の収集運搬業、ならびに建物総合解体工事業を行っています。
本件を通じて、関東エリアでの収集運搬能力の増強と、業務の効率化および取扱いシェア拡大を図っています。
ダイセキ環境ソリューションが杉本商事を買収
ダイセキ環境ソリューションは、2023年3月の取締役会にて、杉本商事の株式を取得し、連結子会社化することについて決議しました。
杉本商事(子会社である杉本紙業含む)は、滋賀県北部を中心に、一般廃棄物及び廃プラスチックリサイクル等の産業廃棄物の運搬・処理業、段ボール、新聞、雑誌、紙管、シュレッダー紙屑等の回収・リサイクル業を展開しています。
本件を通じ、一般廃棄物及び産業廃棄物の運搬・処理、古紙の回収・リサイクルという新たな事業領域が加わり、提供可能なソリューションの拡大を図っています。
ミダックホールディングスによる遠州砕石の買収
ミダックホールディングスは、2023年7月の取締役会にて、遠州砕石の全株式を取得し、子会社化することを決議しました。
遠州砕石は、自社の採掘場にて原石を切り出し、一定の加工を施して販売する砕石製造業を主業としております。
また、静岡県浜松市等に好立地な土地を複数保有しています。
ミダックグループが推し進めている管理型最終処分場の残土管理を遠州砕石にて内製化ができ、将来投資において相応のコスト削減効果を期待しています。
産業廃棄物処理業界におけるM&A活用のメリット
M&Aを活用する際の売り手側・買い手側のメリットは以下の通りです。
売り手側のメリット
1.経営リスクの軽減
産業廃棄物業界は法規制が厳しく、経済の変動により業界のリスクが高まることがあります。
M&Aを通じて事業を売却することで、将来の不確実性や経営リスクから一定の距離を置くことができます。
2.経営資源の集中
M&Aにより、売手は非中核事業からの撤退や事業ポートフォリオの再編を行い、より収益性の高い事業や成長が見込める分野に経営資源を集中することができます。
3.技術やノウハウの活用
事業を買収する側の企業が持つ技術やノウハウを活用することで、事業価値を高め、売却額を上げることが期待できます。
また、買収後もその技術や市場へのアクセスを活かせることが多いです。
4.後継者問題の解決
特に中小企業においては、経営者の高齢化や後継者不足が課題となることがあります。
M&Aはこれらの問題を解決する一つの手段となり得ます。
5.シナジー効果の期待
買収企業との間で事業の相乗効果が期待できる場合、売却によってこれらのシナジー効果を最大限に活用することができます。
買い手側のメリット
1.市場シェアの拡大
他の企業を買収することで、買手企業は市場シェアを速やかに拡大することができます。
これにより、競争力を強化し、業界内での地位を確固たるものにすることが可能になります。
2.事業の多様化と安定化
産業廃棄物処理業界は多岐にわたる業務を含むため、異なる事業領域への拡張を図ることで、事業のリスクを分散し、全体の安定性を向上させることができます。
3.規模の経済
買収によって事業規模が拡大すると、共同購買による原材料コストの削減や、統一した運営による管理コストの圧縮など、さまざまな経済的利益が生まれます。
4.技術や専門知識の獲得
特定の技術や専門知識を持つ企業を買収することで、そのノウハウを自社の事業に活用することができます。
これにより、製品やサービスの質を向上させることが期待されます。
5.新たな顧客基盤の獲得
買収により、既存の顧客基盤に加え、新たな顧客層にアクセスすることができます。
売手と買手が異なる商材や技術を有している場合は、相互の顧客に双方向からのアプローチが可能となります。(クロスセル)
6.規制への対応
産業廃棄物処理業界は厳しい環境規制の下で運営されています。
他社の買収を通じて、規制への対応策や許認可を共有し、コンプライアンスの負担を軽減することが可能です。
7.競争の排除
競合他社を買収することで、その企業が市場において直接的な競争者からなくなります。
これにより、より安定した市場での運営が可能となります。
産業廃棄物処理業界でM&Aを行う際のポイント
産業廃棄物処理業界の会社がM&Aを実施する際に、注意すべきポイントや論点は多岐にわたりますが、特に重要なポイントは以下の通りです。
1.許認可の移転と更新
産業廃棄物処理業界は、許認可が業務の基盤となっています。
M&Aにより企業が合併または買収される場合、これらの許認可が新しい法人にスムーズに移転されるか、また更新時に問題がないかが重要です。
許認可の条件、移転可能性、そして更新のプロセスを確認することは不可欠です。
2.廃棄物処理施設の状態
廃棄物処理施設の技術的な状態や保守の履歴は、その企業の価値を大きく左右します。
老朽化した設備や不十分な保守は、将来の大規模な投資やリスクを意味するため、施設の状態を詳細に調査することが重要です。
3.環境責任と過去の事故履歴
過去に環境汚染事故や法律違反があった企業は、責任問題や将来の訴訟リスクを抱えている可能性があります。
過去の事故履歴や環境責任に関する詳細を把握し、それが買収後の企業価値に与える影響を評価することが重要です。
4.業界内での評判と信頼性
業界内での企業の評判や信頼性は、ビジネスの継続性と成長の鍵を握ります。
顧客や取引先との関係、業界内でのブランドイメージを理解することで、M&Aの戦略的価値をより正確に評価できます。
5.将来の規制変更への対応能力
環境規制は常に変化しており、特に産業廃棄物業界では新たな規制が導入される可能性があります。
対象企業がこれらの変化にどれだけ柔軟に対応できるか、その対応策が整っているかを評価することが求められます。
これらのポイントを踏まえた上で、業界の専門家や法律顧問と連携し、リスクを把握したうえでの適切な評価と戦略的な判断が求められます。
まとめ
産業廃棄物処理業のM&Aをお考えの際は、売却・買収いずれの立場であってもM&Aの専門家へ相談しましょう。
専門家は、豊富な知識、経験をもとに、相談者にマッチする相手先の選定や探索、M&Aの手法の検討を行います。会社の強み、財務状況、相手先の希望などを整理したうえで相談するとスムーズです。
リガーレは、産業廃棄物処理業のM&Aにも精通しているほか、財務・税務デューデリジェンス、セカンドオピニオンのみの対応も可能ですので、是非お気軽にご相談ください。
この記事の執筆
シニアアドバイザー田澤脩平
専門領域:M&Aアドバイザリー、Projection、Valuation策定等
メガバンクに入行、中小零細から上場まで幅広い企業への法人営業に従事。その後、国内大手アドバイザリーファームにて、会計事務所のネットワーク開拓に加え、多数のM&A案件に携わる。事業会社へ転職後は自社のM&A専任者として、企業の買収・売却を実施。アドバイザリー、買手、売手の3つの面からM&Aに携わってきた経験を持つ。