運送業界のM&A動向と最新事例

運送業界のM&A動向と最新事例

運送、物流は、近年EC市場の成長に伴い需要が高まっており、生活に欠かせない業種です。

しかし、人手不足や競争激化などの影響もあり、厳しい経営状況の企業も増えており、運送・物流業界ではM&Aが活発に行われています。

この記事では、物流業界のうち特に事業者数の多い運送業を中心に、M&A動向や実施するメリット、具体的なM&A事例などを紹介します。

運送業界とは

まずは、運送業界の定義や特徴について解説します。

運送業界の定義

物流とは、商品が生産されてから最終的に消費者に届くまでの一連のモノの流れを指します。下図の通り、物流の中には、物流輸送、保管、荷役、包装、流通加工、情報処理の6つの機能が含まれます。

一方、運送とは、物流のなかでも、トラックなどを使用し、目的地までモノを運ぶことを指します。

鉄道、船舶、航空機という大規模な乗り物を使用するものを「運輸」、車やトラックなどを使用するものが「運送」と言われています。

なお、ここでは物流・運送業界の多くを占めるトラック運送業を中心に解説していきます。

 運送業界の商流・特徴

運送業界の商流は、上図のように、商品が生産者から消費者に届くまでのモノの流れの中で、調達物流、生産物流、販売物流、回収物流という4つの領域に細分化されます。

調達物流は、原材料・資材などの仕入れ先から生産現場へ運ぶ物流活動を指し、その調達した原材料・資材などの管理から、工場内での物流、製品の管理、包装、倉庫への発送などを含むモノの流れを生産物流といいます。

さらに、生産された商品を工場から倉庫を経由し、販売店、小売店に移動されるまでを販売物流といいますが、近年は、EC市場の拡大により、商品を消費するエンドユーザーへ移動する物流も、販売物流の中で大きな割合を占めるようになっています。

また、最終的に消費者に届けられた商品が返品される場合や、段ボールなどの廃材やリサイクル可能な資源を回収するためのモノの流れを回収物流といいます。

いずれの物流領域においても、効率的に「必要なモノを、必要な時に、必要な数だけ、指定された場所に届ける」ということが重要となる業務といえます。

運送業界の現状

全日本トラック協会によると、日本の物流事業全体の市場規模は約29兆円、このうち、トラック運送事業の市場規模は約19兆円と、物流市場全体の約7割を占めています。

国内貨物輸送量はほぼ横ばいで推移していましたが、2020年度は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、大幅に減少しました。

物流業には約7万5千の事業者がおり、物流業界の就業者数は全産業就業者数の約4%を占めています。

トラック運送業者は、物流業の事業者総数の約8割を占めており、そのうち約99%が中小企業です。

運送業界に中小企業が多い理由としては、運転手、トラックさえあれば事業が始められ、新規参入しやすいことが挙げられます。

ただ、他社との差別化を図りにくい業種であるため、付加価値を高めにくく、価格競争に陥りやすいという特徴もあります。

また、長時間労働、低賃金の状況があり、ドライバー不足が深刻な問題となっています。

トラック運送事業の運送コストは、人件費の占める比率が最も高く、労働集約型の事業と言えます。

2020年度の全国平均で、人件費は経費の約40%を占め、次いで燃料油脂費が約12%となっており、近年の人件費の上昇や燃料価格の高騰の影響により、厳しい経営状況の会社が増加傾向にあります。

運送業界が抱える課題

次に、運送業界の課題について解説します。

2024年問題による物流の停滞、利益の減少

物流・運送業界の「2024年問題」とは、働き方改革関連法により、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の960時間上限規制が適用されることにより生じる問題のことです。

労働条件の向上を図るため、拘束時間、休息時間等の基準を定める「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」についても、改正に向けた検討がなされています。 

これにより、ドライバーの労働時間が短くなることで輸送能力が不足し、モノが運べなくなる可能性や、ドライバーの収入の減少などが懸念されています。

近年はECサイトの需要が拡大し、物流量は増加傾向にある上、業界として慢性的な人手不足が問題となっている状況の中、物流が停滞してしまう可能性があると言われています。

また、ドライバーの労働時間が短くなれば、運搬量が減少するため、運送業の会社の売上、利益の減少に繋がります。

さらに、2023年4月から、中小企業において、「月60時間の残業代の割増賃金引上げ」が適用されたことにより、人件費が増加し、会社の利益の減少要因となることも問題視されています。

深刻な人手不足

前述の通り、取り扱う荷物量は増加していますが、業界ではトラックドライバーの不足が深刻な課題となっています。

主な要因は、他業種に比べ、長時間労働、低賃金の業種であることです。

労働時間については、全産業平均より約2割長くなっており、トラックドライバーの年収は、全産業平均に比して5~10%程度低い状況となっています。

また、2024年4月から適用される時間外労働の960時間上限規制により、今後さらにドライバーの残業代が減り、賃金低下の可能性もあります。これにより、ドライバーの離職増加が懸念され、人材の確保がさらに難しくなると言われています。

出典:経済産業省・国土交通省・農林水産省「我が国の物流を取り巻く現状と取組状況 」

https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001514680.pdf

DX化への対応

日本の物流業の労働生産性は全産業の中でも非常に低くなっており、労働生産性の向上は喫緊の課題です。日本の物流政策は、「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」に沿って行われており、 物流業の労働生産性向上に向け、国土交通省は物流業界のDXを推進しています。

しかし一方で、物流業界は小規模事業者が多く、DXへの取り組みはあまり進んでいません。

進まない理由としては、イニシャルコスト、ランニングコストに課題を感じているほか、自社内でのデジタル化に対する優先度が低い、デジタル化をリードする専門部署が存在しない、どのシステムを選べばよいかわからない、等の知識面、体制面における課題を感じているケースも多くなっています。

(出典:国土交通省 物流業務のデジタル化の手引き(https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001608991.pdf))

燃料価格の高騰や競争激化による価格競争

出典:経済産業省・国土交通省・農林水産省「我が国の物流を取り巻く現状と取組状況 」(https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001514680.pdf

2021年から上昇傾向にあった原油価格でしたが、2022年から始まったロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、さらに高騰が続いています。

燃料費用はトラック運送業の主要コストの一つであり、燃料価格の高騰が経営に与える影響は非常に大きいですが、燃料価格の上昇分の運賃等への反映が進んでいない事業者も多く、トラック運送業の経営を圧迫しています。

帝国データバンクの調査によれば、原油や燃料、原材料などの仕入れ価格上昇や、取引先からの値下げ圧力などで価格転嫁ができなかったことによる倒産が増えており、2022年度は運輸業が特に多い状況となっています。

出典:帝国データバンク 「物価高倒産」動向調査(2022 年度)

https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p230402.pdf

運送業界におけるM&A動向

物流企業では、以前から経営手法の一つとしてM&Aが多く利用されていました。

さらに、近年は中堅・中小企業のM&Aが増加しており、物流・運送業界では、業界再編が進んでいます。

中堅・中小企業にとって、前述のような課題を抱えながら、自社単独で十分な車両数、ドライバー数を確保し、事業拡大することが難しいケースも多くなっています。

このような課題解決手段として、M&Aを活用して大手企業の傘下となるケースも多くみられるようになりました。

譲渡側にとってもドライバーを一度に確保でき、譲渡側の拠点を活かして物流量を増やすことができます。

また、EC市場の拡大に伴い、運送業界の需要は増加を続けています。

EC市場は今後も引き続き成長が見込まれており、宅配便輸送の需要も伸びていくことが予想されるため、需要の増加への対策として、M&Aに注目が集まっています。

このような業界再編の動きや、M&Aの増加傾向はしばらく続くことが考えられますが、M&Aを検討している場合は、今後も動向を注視する必要があるでしょう。

運送業界におけるM&A活用のメリット                                                                                            

運送業界においてM&Aを活用した場合の主なメリットは以下の通りです。

売り手側のメリット

 ・大手グループの傘下に入ることによる経営基盤の安定

 ・後継者問題の解決

 ・廃業の回避

 ・従業員の雇用の継続

 ・個人保証・担保の解消

 ・売却益(創業者利益)の獲得

 ・経営の安定・拡大

 ・知名度の向上

 ・人材獲得しやすくなる(大手と組むことで採用活動が有利になる)

 

買い手側のメリット

・事業規模の短時間での拡大

・事業規模の拡大による実働率や積載効率の向上

・経営資源(車両や人材)の獲得

・ノウハウ、シナジー効果の獲得による収益性の向上

・容易に新規参入が可能(異業種)

・拠点、エリアの拡大

・仕入、購買の協同化によるコスト削減

運送業界のM&A事例

運送業界における最近のM&A事例をご紹介します。

センコーグループHD傘下のセンコーによる長崎の総合物流サービス会社の買収

センコーグループHD(東証プライム 9069)傘下のセンコーは、2023年7月、長崎県を中心に荷役、輸送、工事、保管等の物流関連サービスを行う総合物流企業である長崎運送の全株式を取得しました。

長崎運送は、重量物の輸送・据付工事、風力発電設備の解体工事やメンテナンス、水処理メーカーの配管工事にも強みを持ち、長崎では有数の知名度と、強固な顧客基盤を持つ企業。センコーは、同社を子会社化することで、センコーグループ傘下で重量物輸送を得意とするセンコーエーラインアマノ、工事事業を得意とするセンコープランテックなどとともに、事業拡大を図っています。

また、センコーグループは全国で展開する輸配送ネットワークの長崎エリアの強化、長崎運送は、センコーグループの持つリソースとノウハウを活用し、さらなる事業の発展を見込み、本M&Aに至りました。

総合物流会社の五健堂による物流会社の神奈川、愛知拠点の事業譲受

食品物流を中心とする総合物流会社の五健堂(東証PRO 9146)は、2023年12月、物流事業を営むナワショウの神奈川拠点及び愛知拠点の事業を、五健堂連結子会社の六ツ星運送にて譲り受けることとなりました。

六ツ星運送は、徳島県に本社を置き、一般貨物を主として関東方面に向け運送しています。

同社事業は長距離運送のカテゴリーに属しており、2024年4月以降、ドライバーの時間外労働が960時間に制限されるといった「物流の2024年問題」への対応が喫緊の経営課題となっていました。

本事業譲受により、中間地点である愛知拠点と最終地点近辺の神奈川拠点を確保できることとなり、多様な運行ルートの構築が可能となり、2024年問題の解決にも寄与するとの考えから、本M&Aに至りました。

管工機材卸業のクリエイトによる首都圏を営業基盤とする運送会社の買収

パイプや継手といった管工機材卸業を営むクリエイト(東証スタンダード3024)は、2022年9月、首都圏を営業基盤とした運送会社であるハネイシを買収しました。

クリエイトは、得意先のニーズにジャストインタイムで対応できる顧客密着型営業を強みとする営業所を展開しており、さらに顧客満足度を向上させるため、成長性ある地域への展開、配送の効率性、物流拠点の拡充などを最重要課題と捉えていました。

一方、ハネイシは、首都圏を営業基盤とし、クリエイトの首都圏物流の大部分を担っており、加えて神奈川県を中心とした取引先の配送業務サービスも提供していました。

物流業界の厳しい経営環境下において、ハネイシも経営戦略の見直し志向する中、本M&Aの決断に至りました。

今回の買収により、クリエイトは、首都圏の効率的な運送、拠点配置などの物流機能を荷主と運送会社の連携によって強化することが可能となり、従来はコストとみていた物流を差別化する「強み」と捉え、運送を委託する考えから、グループで物流サービスの付加価値を提供する考えに変え、戦略を実行し、グループの企業価値向上を目指していく方針です。

運送業のM&Aを行う際のポイント

ここでは、運送業のM&Aを行う際に注意すべきポイントについて解説します。

労務管理状況の把握、未払残業代、退職給付債務の有無の確認

物流業界は他の業界に比べ拘束時間が長時間になりやすく、サービス残業が常態化している場合も少なくありません。

労務管理に問題の多い会社もあるため、買い手企業は対象会社の労務管理の状況を把握する必要があります。

未払残業代や退職給付債務の有無を確認するためにも、事前にデューデリジェンスを行うことが重要です。売り手企業は、売却する際に、従業員から未払残業代を請求される可能性もあります。

売却した後に買い手企業に損害賠償を請求される可能性もありますので、事前に労務管理面を改善しておくことをおすすめします。

保有車両の確認

運送業のM&Aにおいては、対象会社が保有する車両の状況の確認も重要です。

車両が老朽化している場合、修繕費用がかかる、燃費が悪い、事故率が上がるなど、デメリットが多くなり、買い手が見つかりにくくなったり、売却の価格が下がる可能性もあります。

また、買い手企業においては、車両の種類や大きさ、台数、走行距離などの確認もしておく必要があるでしょう。

運送事業のみの譲渡を行う場合は、運送業許可の引継ぎに注意

運送業の代表的な形態は、「一般貨物自動車運送事業」で、トラックを使用して荷物の運送を行う事業を指します。

この事業を行う場合は、「運送業許可」(国土交通大臣または地方運輸局長による許可)を得る必要があります。

貨物自動車運送事業法の第30条において、「国土交通大臣の認可を受けなければ、運送事業の譲渡および譲受の効力は生じない」と定められています。

また、貨物自動車運送事業法施行規則の第17条により、事業譲渡の認可を申請する際は、以下の事項を記載した「事業の譲渡譲受認可申請書」を提出しなければなりません。

・譲渡人および譲受人の氏名あるいは名称と住所(法人は代表者氏名)

・事業譲渡の価格

・事業譲渡の予定日

・事業譲渡が必要な理由

また、申請書には、「事業譲渡契約書の写し」「事業譲渡価格の明細書」「定款や貸借対照表、資産目録などの資料」の添付が必要です。

したがって、事業譲渡のスキームにより、運送事業または許可のみを売却する際は、法律に基づいた許可取得の手続きが必要で、許可が自動的に引き継がれるわけではないため、注意しましょう。

さらに、買い手側(譲受側)が運送事業の許可を引き継いだ上で事業を行うためには、一定の要件を満たす必要があります。この要件は、貨物自動車運送事業法第6条および公示における処理方針の資料に規定があり、主な内容は以下の通りです。

・運送事業を運営する際に必要な資源の確保

・運行管理者や整備管理者、運転者の確保

・運送事業に必要な資金の確保

まとめ

物流業のM&Aでは、ドライバーの確保を一つの目的とすることが多いため、ドライバーの年齢が高くなるにつれ、M&Aで売却しにくくなる可能性もあります。

市場環境や経済情勢に左右されやすい運送会社、物流会社のM&Aにおいては、タイミングが非常に重要となります。

運送会社、物流会社の売却などをお考えの際は、まずは早い段階でM&Aの専門家へ相談することをおすすめします。

専門家は、豊富な知識、経験をもとに、相談者にマッチする相手先の探索や、M&Aの手法の検討を行います。

会社の強み、財務状況、相手先の希望などを整理したうえで相談するとスムーズです。

リガーレは、運送業界のM&Aにも精通しているほか、財務・税務デューデリジェンスのみの対応も可能ですので、是非お気軽にご相談ください。

この記事の執筆

松本綾

シニアアナリスト堀内槙

地方銀行を経てリガーレへ入社。M&Aチームのミドルバック業務およびデューデリジェンス業務に従事。

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